市川さん①

第4回|非営利型株式会社Polaris|代表取締役|市川望美さん


「私たちは未来の食い扶持をつくろうとしているのです。今、“働き方”を変えなければいけないのです。」
不思議な安心感と優しさ、それでいて強烈な芯の強さを感じさせる声で語るのは、非営利型株式会社Polarisの代表を務める市川望美さん。2児の母であり、妻でありながら、非営利型株式会社の運営を通じて新しい“働き方”の創出に取り組むそのバイタリティは一体どこから湧いてくるのか、突撃取材してきました。

 市川さん④

教えて!ママの気持ち

──     初めまして。市川さんは女性の、特に子供を持つ女性の、新しい働き方として様々な取り組みをプロデュースされていらっしゃいます。実は私、“女性の”と名のつくものが苦手で……(笑)。というのも、結婚をしたことも子育てをしたこともなく、普段あまり自分が女性である意識を持ちづらい生活を送っているせいか、“女性の”という言葉がどうもピンときません。

市川   Polarisは出産や子育てによって一度仕事から離れた方々と新しい価値を作りたい、という理念のもと活動を行っています。私は新卒でIT系の会社に入社しましたが、出産を機に仕事を辞めました。仕事にやりがいを感じてはいたのですが産休後のキャリアに疑問を感じ、一度仕事を離れて改めて働くことを考えようと思ったのです。実を言うと、私が子育てをしている間に会社の後輩である夫に追い抜かされていくことを心穏やかに受け入れられるだろうか、という気持ちが大きかったですね。その後、乳幼児をもつ母親を支援するNPO団体に所属しました。そこでの活動を通じ、もっと子育てをきっかけに出会ったお母さんたちと一人の大人同士、社会人として交流したい、多様な人や社会と対等な関わりを持つために”仕事”というコミュニケーションを軸にしたい、という思いが募り、Polarisを設立するに至りました。

──     確かに、そうした経験を通じた発想は女性ならでは、というか女性である市川さんならではの考え方ですね。しかし、そこに仕事となるような価値を見出していくことは簡単ではないだろうと思います。

市川   そうですね。そもそも、私たちが提供しようとしている価値自体が世の中ではまだまだ認知度が低いため、その価値を理解していただくのが難しいです。そのためにはまず、私たち自身も自分たちの価値をきちんと理解しておく必要があります。

──     具体的には、どのような仕事をされていらっしゃるのでしょうか。

市川   大手企業の商品開発やコラボレーションサービスの展開などがあります。例えば大手家電メーカーさんからの依頼で、新商品開発の企画会議に付き合ってほしいという案件がありました。「もっと家事を楽にするにはどんな家電が必要か」という議題で、家電メーカーの商品開発部の方々と私たちでアイディアを出し合っていたところ、会議が中程まで進んだ段階でPolarisのメンバーの一人が言いました。「そもそも、本当にもっと家事を楽にする必要はあるのでしょうか?」

──     え?!

市川   「家事を楽にする」という言葉は一見、主婦への思い遣り溢れる言葉のように聞こえるのですが、根底には「家事は主婦がやるべきもの」という考え方があるのですね。そうではなく「家事は家族全員で分担するもの」と考えると本当に必要なのは「もっと家事を楽にする家電」という考え方とは違うところに答えはあるのかもしれません。

──     !!確かに。なんだか私、女性としてそのことに気がつかなかったのが恥ずかしいです。でも、それをその場で発言することって、相当勇気がいることじゃないですか?

市川   そこが大切なポイントです。私たち女性というのは共感力が高い人が多いので、「こんなことを言ったら迷惑なんじゃないかな」と考えてしまって発言しなかったり、時には思っていることと正反対のことを言ってしまったりします。新商品の試食会で、ついつい思ってないのに「全部、美味しい」と言ってしまったり。「相手が望んでいる言葉」を察するのが、上手過ぎるんです。でもそこをグッと乗り越えて、私たちの視点や感性を通じて気付いたことを素直に伝えることが、私たちの提供できる本当の価値なのです。

──     なるほど〜。市川さんの仰る言葉の意味が少しずつわかってきました。

市川さん②LARGO SENGAWAのプレートランチ。日の光が差し込み、風が通り抜ける店内は女性好みのオシャレな雰囲気でした。広々としたテラス席もあるので、お子様連れにも人気のようです。

誰にとってもここちいい環境を

──     働くお母さんが集まる職場とはどんな雰囲気なのでしょうか。

市川   商店街の中にある古い住居を活用したワークスペースをcococi=ココチと名付けていて、「ここちよく暮らし、ここちよくはたらく」を合言葉にしています。小さなお子さんと一緒にくるお母さんも多くいますし、夏休みなどは普段は来ない小学生、中学生も来てにぎやかですよ。

──     「ここちいい」という言葉は簡単そうで難しい概念でもありますよね。一人ひとりが無理をしないことと、ワガママにならないことの違いはどのように定義しているのでしょうか。

市川   いえ、簡単な話ですよ!大切なのは“正直なコミュニケーション”をとることです。本質的には誰もが「ここちいい」と「ワガママ」は違うことを知っています。だから自分に嘘をついてワガママを押し通しても、ここちよくないはずです。問題となってくるのはお互いの「ここちいい」をどうやって共存させるか、ということです。価値観や事情は人それぞれですので、皆が同じペースで仕事をすることはできません。そのことをどう伝えるか。でも実はそれも単純で、やはり正直に思っていることを相手に伝えるだけなんですね。「この仕事は来週までにやってほしい」とか「そのスケジュールでは対応できない」とか。最初は抵抗のある人もいるんですが、意外と言っても大丈夫なんだ!ということがわかれば正直に伝える方がここちいいんです。皆がどこか少しずつ我慢をして成り立つ世界というのは、やはり、ここちよくないですよね。

──     新商品の企画会議でも本当の価値を発揮できるのは、そうした正直なコミュニケーションの土台があるからなんですね。

市川   Polarisが行っている事業には大手企業とのタイアップ企画の他にも、短期的に人手が必要なお仕事を請け負うこともしています。社会人としての豊富な経験やスキルを持つ人を短期的に集めることができる、という意味で私たちならではの価値を発揮しています。

──     クラウドソーシングみたいなものでしょうか。

市川   クラウドソーシングとは違って、受注元が個人ではなくPolarisという団体になります。仕事の責任は団体が負っているので、「急に子供が発熱した」といった予測不能な事態が発生しがちな主婦でも安心して仕事に参加することができます。

──     会社員だと場合によっては家庭の事情で休むことをワガママだと捉えられてしまうこともありますが、そこにも「ここちいい」を実現するシステムがあるのですね。

市川さん③

皆で集まるスペースcocociは活気があふれ、本当にここちのよい雰囲気を感じました。

激動の時代だから、楽しみもたくさんある

──     今はPolarisのメンバーは既婚者か子供を持つ方ばかりだそうですが、こうした働き方はもっと色々な立場の人にも応用していけるようにも思えます。今後どのような展開を考えていらっしゃいますか。

市川   基本的には子供を持つ女性を対象としていく方針を変えるつもりはありません。今までは家庭に入って一定期間子育てに専念することが一般的だと思われてきた主婦たちの、未来の食い扶持を作ることが私たちの大きなミッションだと考えています。

──     それはどういう意味でしょうか?

市川   これからどんどん変化していく社会において、今、働き方を変えなければいけないタイミングがきています。この先どんどん働く世代は減少し、一方では現役を引退する高齢者の人口はどんどん増えていきます。私たちは団塊ジュニアの世代に含まれるのですが、おそらく年金で生活費を賄い、働き盛りの若い世代に養ってもらっていくのは難しい時代に突入していきます。

──     団塊の世代が後期高齢者に達していく、いわゆる2025年問題が来ると世間では言われていますね。

市川   急速なスピードで変化する現代においては、10年前、20年前の働き方では通用しない世界ばかりになっていることが予測されます。その上“お母さん”というのは、子育てによって社会人としてのブランクも抱えています。子育てが落ち着いたら働こうと思っているのに、いざその時が来ても仕事がもう回ってこないかもしれない。自分たちの足で歩いていくこともできず、子供たちの世代に対して教えてあげられることも少ないという状況は、寂しいですね。

──     高齢化社会を憂う話はよく聞きますが、「支えられる側が積極的に自立しなければ」という危機感はとても新鮮なお話に感じます。

市川   いえいえ、私たちは危機感といった悲観的な見方はしていません。むしろ、ラッキーだと考えています。結婚し、子どもを持ち、子育て中心に生活をするというライフスタイルも経験できたし、今の働き方に縛られていないからこそできるチャレンジもあります。子どものいる暮らしの中で、仲間と一緒に迷いながら試行錯誤できる環境にいられるのは幸せなことです。新しい時代を楽しむために、今、新しい働き方というものを模索している最中なのです。今はまだ小さな取り組みですが、私たちは、良くも悪くも人口の多い世代です。私たちが少しずつ変われば、全体としてはとても大きな影響を社会に与えることもできます。

──     市川さんはどのような未来を描いているのでしょうか。

市川   まず、目指す未来には2つの方向性がある、と思います。一つは、今私たちが提供している価値を広く社会に通用する価値にまで高め、主婦という枠組みを越えてきちんと市場で評価していただけるようになることです。もう一つは、私たちがもつ「ここちいい」コミュニティをもっと広げていくことです。安心して子育てを共有できるコミュニティ、お互いの暮らしを尊重しあいながら働けるコミュニティ、助け合いの関係性があれば、少ない資本でも生活していくことが可能だと考えています。例えば、近所に子供の面倒を見てくれる人が居れば高いお金を払ってベビーシッターを雇う必要もないし、子どもと一緒に働ける場所があればそもそも預け先で悩むこともなくなるわけです。お金を払ってサービスを受ける以外の方法を選択できれば、働く分量を減らしても暮らしを損なうことなく生きていけます。そして、本当に目指したいのは、その2つが融合する社会ですね。

──     市場という大きな視点も、生活に根ざしたコミュニティという視点も、どちらも欠かせない要素だと感じます。目の前の生活環境と仕事を通じた社会的価値を結びつける発想にこそ、もしかすると“女性ならでは”の新しい世界観の扉を開く鍵が隠されているような気がします。今後の展開も、目が離せません!


ランチを終えて

変化の時代を生きるなら、その変化を積極的に楽しむというスタイルの市川さん。特にお母さんというのは肉体的にも精神的にも大きな変化を経験しているからこそ、今の時代を楽しむ強さと柔軟性を備えています。市川さんのもつキラキラとしたオーラは、Polarisの活動を通じて全国へと広がっていくのだと感じました。


 
 
これまでの対談